夏の夜の夢の後

「朝よ、お目覚めになって愛おしい貴方。ディミートリアス

 今日も雲雀の鳴き声のように美しい妻の声で目を覚ました。

「おはよう、ヘレナ。今日も君は宝石のように美しい」

 僕は愛する妻にそう呼びかけた。

僕の言葉にはにかむ彼女の姿は結い上げた髪が初々しくそして愛らしい。そんなまるで朝の女神の化身のように輝いて見える彼女を見る度、心が熱く燃えているのを感じる。

 

 僕とヘレナ、ライサンダーとハーミアの二組の夫婦がテーセウス公爵夫妻とともに婚礼してからしばらく経った。愛するヘレナと過ごす毎日は幸せという言葉が陳腐に思える程充実した毎日だ。

 

 

 ハーミアの父であるイジーアスから酒席に誘われたのはそんなある日の事だった。

「それでな、ハーミアが私の事を邪険にしてな…」

 冒頭こそアテナの現状だの公務の在り方についてだの真面目な話だったが、酔いが回ったイジーアスは次第に娘夫婦の愚痴を語り出した。

ライサンダーが初心な娘の心をわしづかみにするから悪いんだ」

 ライサンダーとハーミアは周囲が呆れるほど仲睦まじい。しかし愛し合っている二人の仲が良くて何が問題なのか。

「ハーミアも昔は『大きくなったらお父様のお嫁さんになるー』と言ってたのに」

 そんな幼児期の話を持ち出されても娘も困るだろう。

「だからテーセウス。私はお前を婿にしたかったんだ」

 やっとわかった、イジーアスが僕とハーミアを結婚させようとしていた理由が。

 僕ならハーミアの気持ちが向かないだろうから結婚後も父親第一の娘のままであり続けるだろうから、と。

 そんなことに気が付かず貴族の婿がねに浮かれて一時期でもハーミアを追いかけた自分が情けない。

 適当な相槌を打ちながらそんなことを考えている間にイジーアスは酔いつぶれて眠ってしまった。

 彼を迎えに来たライサンダーの姿は頼もしい婿そのものだった。

 

 

 

「浮かない顔をしているな、俺のティターニア、俺の愛しき妃」

 妖精の王が傍らの妃に問いかけました

「いつぞやの不思議な夜の恋人たちを思い出していたのです」

 妖精の女王が答えました。

「“恋の三色菫”の汁をまぶたにたらされたのは四人。でもあなたが呪いを解いたのは三人」

 妖精の女王は長い指を三本立てました。妖精の王はそれを見てゆっくり頷きます。

「呪いが解けていない人間は一生偽りで心結ばれているのではなくて?」

妖精の王は顔をほころばせました。

「俺のティターニアは優しいな、それでこそ俺の愛しき妃」

妖精の王は言葉と続けます。

「あの呪いはダイアナの蕾がなくともいずれ解ける。雨にまぶたを濡らすごと、朝夕顔を清めるごと。皮を剥ぐように徐々にその威力は薄れていく」

妖精の女王は真剣なまなざしで頷きます。

「そろそろあの呪いも解けるころ、俺たちの祝福を受けた者たちが不幸になるはずないと思わないか?ティターニア」

「ええ、そうですわね。オーベロン」

 

 

 

「朝よ、お目覚めになって愛おしい貴方。ディミートリアス

 今日も妻の声で目を覚ました。体が、特にまぶたが重い。

「おはよう、ヘレナ」

僕は妻にそう呼びかけた。

体調が悪そうな僕を気遣う彼女の姿は結い上げた髪が初々しくそして愛らしい。そんないじらしい彼女を見る度、心がじんわりと温かくなっていくのを感じる。

 

 僕とヘレナ、ライサンダーとハーミアの二組の夫婦がテーセウス公爵夫妻とともに婚礼してからしばらく経った。愛するヘレナと過ごす毎日は穏やかで幸せでとても充実した毎日だ。